50歳を目前に。HSP研究者である私が、なぜ今「大切な人との別れの予感」に真剣に向き合い始めたのか。
50歳を前に感じた「大切な人との別れの予感」
有機農業者でありHSP研究者である私が、死と真剣に向き合い始めた理由
もうすぐ50歳になります。
その数字を前にしたとき、胸がざわつくような不安と、言葉にならない恐怖が湧き上がりました。
私は大阪で生まれ、小学5年生から不登校になり、
中学卒業後すぐに働き始めて職を転々としました。
30歳で高認を取り、地方で有機農業を始めました。
その後44歳で大学に入り、心理学を学び、認定心理士になり、
いまはHSPとしての経験と知識をもとに、同じように生きづらさを抱える人たちに情報を届けています。
※私がどんな思いや経験を経て今に至ったのか、その背景を詳しく書いたページがあります。もし関心があれば、こちらも読んでみてください。
→ HSPの私が「孤独」と「自由」に敏感になった理由
振り返れば、かなり変わった道を歩いてきたのだと思います。
ただ、この道を歩く中でずっと共通していたのは、
「人のこころに誠実でいたい」
という思いでした。
そして49歳になったいま、初めて“死という現実”が自分のすぐ近くにいるような感覚を持ったのです。
ポジティブ思考ではごまかせない感覚
「まだ50歳じゃないか」と言う人もいます。
「これからだよ」と励まされることもあります。
でも、そうじゃない。
私が感じているのは、
“死が確実に近づいている”という実感です。
誤魔化して前向きに装うことは、もうしたくない。
それは逃げでしかない、と自分ではっきり分かっています。
死の恐怖は、ポジティブな言葉で薄まるものではありません。
むしろ、薄めようとすると返って強くなる。
心理学を学んだ者としても、それはよく理解しています。
最も大きいのは「大切な人との別れ」
死への恐怖にはいろいろな側面があります。
老いること、未来が減っていくこと、自分が消えること。
でも、私が最も強く感じたものは、
「大切な人と別れなければならない」
という予感でした。
自分がいなくなることよりも、
大切な人がいなくなることの方が、はるかに恐ろしい。
これは、私がHSPであることとも深く関わっていると思います。
人とのつながりに敏感で、
一人の存在が、自分の人生の大切な一部になってしまう。
その人がいなくなる未来を想像するだけで、胸が痛む。
農業をしていると、季節の移り変わりや生命の営みの“有限性”が嫌でも目に入ってきます。
種をまき、芽が出て、育ち、枯れる。
自然のサイクルは美しくも残酷で、
人間もその中の一部だと強く感じさせられるのです。
これは悲観ではなく「心の準備」
死を直視することは、悲観でも弱さでもありません。
むしろ、
「後悔したくない」
「大切な人との時間を丁寧に生きたい」
という思いから生まれる、ごく真剣な態度です。
“別れの予感”は痛みを伴いますが、
その痛みは、愛があるからこそ生まれます。
そして同時に、
今ここにある時間を、これまで以上に大切にする視点も生まれます。
・何を話しておきたいか
・一緒にどんな時間を作りたいか
・言えないままの気持ちをどう扱うか
・相手の人生をどう尊重するか
・自分の人生をどう締めくくるか
こうした問いが、日常の奥から静かに浮かび上がってくるのです。
死と向き合うことで、逆に「時間の密度」が上がっていく
死を考えることは、暗くなることではありません。
ほんとうに向き合ってみると分かるのですが、
死が近づいていると感じるほど、
「今日をどう生きるか」が鮮明になります。
・一緒にご飯を食べること
・季節の風を感じること
・冗談を言って笑い合うこと
・ただそばに座っているだけの時間
これは農業をしてきたからこそ分かるのですが、
日常の小さな光景こそが、
人生の大きな喜びであり、
人が死ぬ前に残すもっとも価値ある記憶なのです。
最後に
もしあなたが、同じように50歳前後で
「大切な人との別れの予感」に胸が締め付けられているなら、
その感覚はとても自然で、そしてとても大切なものです。
これは、不安を無理に消すための“前向き思考”ではなく、
死を誤魔化さずに見ることで、生きる密度を高めるための視点です。
死を見つめることは、
人生を大切にすることと、
実は同じ方向を向いています。
そして、あなたが誰かを深く大切に思っている限り、
その“別れの予感”は、これからの人生をより丁寧に、
より誠実に生きるための静かな道しるべになるはずです。
